Strategy
私の事業の歩みと学び
2016年から所属しています一般会員の本村です。
現在楽天、Amazonメインの通販と,
障がい者就労支援事業を行っています。
BUPPAN!!猛者の中で私が何を伝えれるかと悩みましたが
初心者の方も増えてきたのでその方々に向けて
私の事業の歩みと学びを書いていきたいと思います。
少しでも参考になれば幸いです。
私の起業は2015年の事でした。
30数年の長い医療職勤務からの
思ってもいなかった起業でした。
私は40歳の頃、大病を患い、
職場復帰までに1年半、完全回復まで10年の歳月を要しました。
それは今でも、思いだすのも辛い日々でした。
その間温かく支えてくれた職場や同僚のために
私は一生、職場に恩返しをしながら
生きていこうと考えていました。
ですが時代の流れとともに、医院は患者が減少し
経営が悪化してきました。
私は今こそ恩返しのチャンスだと、集客を学ぶために
起業塾に入りました。
塾で学んだ集客セミナーを開催しながら
少しづつ医院の患者数増加の結果も出てきたある日
院長と看護部の対立の責任を取る形で
全く思わぬ形で退職する事になりました。
(詳細省く)
一生をかけて続けたいと思っていた職場との別れは
信じられない気持ちもありましたが
黙って受け入れるしかありませんでした。
今考えるとこのピンチが大きなチャレンジと
チャンスに繋がったのです。
退職後、次の仕事を考える間もなく
起業塾内で出会ったのがアマゾン物販でした。
自分がまさか、Amazonで販売など出来るとは
思ってもいなかったので驚きでした。
「安く買って高く売る」
「お客様の欲しいものをネットに並べて、その手間賃をいただく」
のシンプルな説明が、商売初心者の私にはわかりやすく
面白そうだなと、すぐに始めることにしました。
パソコンも携帯もおぼつかない状態での
ネット物販は、わからない事だらけで
最初はなかなかの苦戦をしました。
毎日利益の出る商品を1日中探し回り
最初は10時間のリサーチで、200円の収穫でした。
時給にして20円が私の商売の始まりでした。
このたった200円の成功体験をもとに、経験を
繰り返す事で7年間ここまで走ってきました。
サラリーマンが長く、事業の事など
何一つわからなかった私でしたが、とにかく
自分の力を信じて、物販に集中したお陰で
事業は順調に滑りだしました。
(学び:自分の可能性を信じて、一つに集中する事で道は開ける)
2つ目のピンチは事業を開始して半年後の熊本震災でした。
自宅の被害は殆どないものの県内は酷い有様でした。
家は崩壊し道路も寸断され、県内は混乱を極めていました。
多くの仕入れ先が全半壊してしまい、
私は仕入れ先を失いました。
また、在庫の殆どが納品されていた
鳥栖のアマゾン倉庫も閉鎖となり
売り上げが一気に下降することになりました。
今後の仕入れ先も販売先も先行きが見えずに
事業にも暗雲が立ち込めました。
幸いにも、鳥栖の倉庫は数日の閉鎖を経て再開され、
胸を撫で下ろしたのを覚えています。
問題は仕入れ先でした。
突然の震災で周囲はまだライフラインの復興が
必死に行われている状態で
仕入れになど行ける状態では有りませんでした。
仕入れに行くことが復興の邪魔をしてしまう事を案じ
ネットで完結できる電脳仕入れを始めることにしました。
パソコンを触る機会が殆どなかった私ですが、
起業塾の仲間のコンテンツを参考に
拡張機能を設定したり、検索力をつけたりしながら
パソコンに向き合い、仕入れは間も無くできる様になりました。
しかし、私のスキルで簡単に見つけられる商品は
値下がりは激しく売上は上がっても、
粗利は下がる結果になり焦りました。
ですが、この1か月間をパソコンと向き合ったお陰で
皆無だったパソコンスキルが若干ついて、
その後の事業にも役立つ結果になりました。
また別の意味でも熊本震災は、当社にとって
大きな転機になりました。
まだ専門学校を卒業したての息子でしたが、
地元の震災を目の当たりにし
震災直後から、支援活動を始めていました。
半壊した道路を通り半日以上かけて、毎日物資を
被災地まで届けに行っていました。
震災直後はまだ国の支援もなく、人々は公園での
車上生活を余儀なくされていました。
そこに向けて食べ物や水、生活必需品などの
物資を運んでいきました。
しかし、毎日支援に向かう中で手持ちの数十万円は
すぐに底をついてしまい、目の前の人を救うにも
お金を持っていないと何もできないことを痛感した様でした。
お金ばかりが大切という訳ではないが
お金も持っていないと、さほど何も出来ない事に気づき
自らが稼いでいくことの重要性について
身に染みた瞬間だったようです。
その経験から、数か月後当社へ就職し、
事業の核になる成長を遂げる事になりました。
(学び:人を助けたつもりが、一生のテーマをみつけ自分が一番助けられた。)
3つ目のピンチは起業して3年目の事です。
息子の活躍もあり、物量が十分になった頃、
起業当初からの念願の障害者就労支援施設を始めました。
障害者就労支援施設とは障害のある方を雇用して、
仕事の提供をし社会復帰に向けたサポートをするところです。
施設は物販を始めた当初から医療職として生きてきた
私の世の中への貢献を継続するための結晶だと思っていました。
嬉々として始めた事業でしたが、
一つ目の事業の物販が割と上手くいったことで
事業に対しての自分の考えが浅はかだったを
のちに知ることになります。
通販であればあまり関係のない不利な地域に
施設を構えたことも問題でした。
過疎化の進む地域では利用者の集客にも苦戦しました。
見学に来所はされても、交通の便も悪い場所で、
送迎も行っていなかった事もあり
なかなか利用者が集まりませんでした。
また新規事業所ということで、他では雇用できない
大きな問題を抱えている方をお願いされる場合も多く
利用を開始されても当然定着せずに混乱の毎日でした。
私も、昼は施設で福祉の勉強に加えて、
資格の習得や書類の作成、利用者との面談や
スタッフの教育、また周辺への認知活動など
夜や週末は仕入れと休む間もなく働きましたが
家賃や人件費などは嵩み施設運営は
開設後1年で600万円の赤字になりました。
しかも、毎月の赤字が今後どこまで増加するか
わからない状態へと陥り、毎日が暗澹たる気持ちで
この頃は、心臓が苦しくなる思いも経験しました。
周囲からは一旦運営を中止してはと説得されましたが
当施設を選んで来てくださっている利用者への
申し訳なさで、閉鎖は脳裏には浮かびませんでした。
致命傷にならないうちの撤退が大事だとは
わかってはいましたが、何年も望んだ夢を
そんなに簡単に諦められる訳は無かったです。
悩んだ末、施設が信頼を勝ち得るのには、
時間がかかるものだと認識を正し
早い黒字化云々よりも、徐々に信頼を築くことを
目標にする事へと方針を変えました。
施設が上手くいくまでは物販を強化して
キャッシュアウトしない様に支えながら、
生き残るという事を決意しました。
迷いが吹っ切れた私は、さらにそこから物販を強化し
そのお陰で、まもなく50坪の倉庫が
商品でいっぱいになる位になりました。
その後施設も、何度かの危機的な時期を乗り切り、
現在は黒字化しています。
慣れない福祉の世界で、
いまだに新たな多種多様の複雑な問題が出てきて
神経を削られることも多いですが、
入社したときには
「世の中不公平だ」
「誰一人私の気持ちなんてわからない」
「障害者は世の中の底辺だから死にたい」
等と面談で泣きながら話していた利用者が、
今では体調も整い、精神的にも安定し明るい顔で
休むことなく通勤しています。
さらに今は
「いつもお仕事作って下さってありがとうございます。
仕事頑張ります。社長も身体に気をつけてくださいね。」
「一日中仕事があって疲れましたけど、今日も充実できました」
と言ってくださる位に、お元気になられ
他人への思いやりの言葉をかけれる様になられて
こちらが元気をもらうことも多くなりました。
あの苦しい時期を乗り越えて、本当に良かったなと思います。
この体験は自分の見通しの甘さと、
事業の難しさを知ることが出来ました。
経営者として未熟な私がまだ手が空いてない状態で、
新しい物事を始めるなど甘かったことを痛感しました。
ですが頑張れば結果が目に見えて出る
物販の面白さを逆に再認識することになりました。
(学び:計画性をもって、自分の手を開けてから新規事業は取り組もう。)
4つ目のピンチは昨年訪れました。
今度は雇用問題についてでした。
(会社の成長途中では、必ず起きることのようです)
内容は福祉経験の長いスタッフによる
同僚や利用者へのパワハラでした。
報告を受けて、皆に家族のように優しく接して下さいと
指導を繰り返す中でも、全く反省していないどころか、
自分にとって家族とは一番厳しく当たるものだからとの
持論を繰り返し、意見が平行線をたどり
理解を得ることはできませんでした。
話し合いの途中では、友人らしき怖い輩も参戦してきて
長期戦になりました。
その間の社内の空気は暗く、仕事は停滞し
仕返しに怯えたスタッフもいて
ビクビクした暗い雰囲気が漂いました。
幸い顧問社労士や役員の力も借りながら
半年ほど時間をかけて話し合いを繰り返し、
何とか穏便に終える事が出来ました。
労働問題に詳しく、経験豊富な顧問社労士に救われました。
今の日本では、雇用問題において経営者の立場は
かなり分が悪い事いため、予め会社にも有益な
就業規則にしてくださっていたので非常に助かりました。
実は就業規則はとても大事で、雇用される側だけに
有利な場合が多いという事もわかり、会社を守れる
規則にもなっていないと、大変な事になっていた事でしょう。
会社としては、スタッフを信じて伸ばす教育も
とても大事ですが、優しいだけではチームは纏まらず
ルールや規則で縛る事で、秩序が保たれる事もあると言う良い経験でした。
私の指導力の無さや、力と知識不足が招いた結果で
皆には大変申し訳ないことをしたなと思います。
ですがその一件を乗り越え、残ったスタッフや
役員の結束は、更に強くなる事が出来ました。
さて、BUPPAN!!との出会いは、
2016年に友人の紹介で始まりました。
それは、私の事業家人生において必然であり
今になってみると必須な会でした。
入会当初は事業内容が、かなり違う事もあり
断片的には理解は出来るものの
素晴らしい内容をうまく活用できませんでした。
ボードメンバーやサポートメンバー
また会員の方々の活躍する様を眩しく感じていました。
長い間、私もいつかそうなりたいなと思いながら、
羨ましく見ていました。
しかしながら内容が膨大でどこから手をつけたら
良いのかわからず、時間が無い事を理由にして
手が付けられない状態で数年がたちました。
そんな中でも、オフ会にはなるべく参加して、
端的な学びは蓄積していましたが、私にはそれを
まとめ上げるだけの知識と経験が欠けていました。
それが変化したのが、2020年の12月にマインドマップ
によるまとめサイトを作成していただいてからのことです。
系統毎にまとめられたそのコンテンツをみることで
全体像の理解ができ、さらにそれを利用して
商品選定から、差別化、ページ作り、広告など、
自分の商品を1から作る中で、それぞれを学び直し
これまでの経験が結びついて、大きな事業の推進力になったのです。
また2021年の福岡オフ会でBupan!!メンバーから
経験を活かした物を作ってはとのアドバイスを
いただいたことが、事業の転機にもなりました。
これまでの、売れるものを販売する方法から
自分の、長い間の経験や知識が豊富な分野で
商品を作って販売する形態へと変化し、
何としても良い物をお客様に届けようと
より一層力が入る事業になりました。
BUPPAN!!との出会いにより、一生を通じて
自分のミッションでもある様な
これまでの豊富な知識と経験を活かした商品を
お客様に届ける幸せを知る事ができました。
コミュニティで提唱される単品通販は
我々の規模の会社には、
少ない資金で大きな利益を出していけると言う
大変有効な方法だと思います。
自分に合ったビジネススタイルを実行していく事も
上手く流れにのるコツだと思います。
好きな人や自分と気の合う仲間とともに、
好きな物を徹底的に研究し、販売をして
それが人の役に立ち、一生情熱をかけてやれると言う
仕事を見つけられたら、それはとても幸せな事だと思います。
そのヒントがBUPPAN!!には散りばめてあります。
BUPPAN!!は、業界において、他に類をみない
珠玉の情報と人々の集まりで、皆の経験や知恵が溢れています。
皆で学び、盛り上げながら、一緒に前に進んでいきましょう!
最後になりますが、私の弱々のメンタルを
強固にした師匠の一言を記して終わります。
私は医療系で、元々はリスクについてを
まず考えてきた、ネガティヴ思考な人間でした。
慣れない起業2年目の頃、次々に訪れる困難に対して
辟易してた頃に師匠に言われた言葉がこの一言です。
「本村さんの壁と、僕の壁はどっちが高いだろうね」
それを聞いた瞬間、もう穴があったら入りたい気持ちでした。
数々の事業を立ち上げ、今は投資家になられている
師匠が、どれだけの壁を乗り越えて来られて
成功されたのかとわかる一言でした。
それから私は、苦労や壁がくるのは当たり前で
前に進んでいる証拠だと、
壁を乗り越えた後は自分が大きく成長すると
肯定的にとらえることができるようになりました。
それくらい大きな転機になった大事な一言でした。
もしあなたが今、次々に訪れる壁を目の前にして
自信を無くしているとしても諦めないでください。
これまでだって、あなたは沢山の壁を乗り越えて来た筈です。
振り返ると、壁はいつしかあなたの中で経験と言う名に
変化しています。
前よりも高い壁が来るのは、それは成長の証なのです。
今度もきっと大丈夫!
自分を信じて、前に進みましょう。
私も、全力で応援しています!
長くなりましたが、最後まで稚拙な文章を
読んで頂いてありがとうございました。
ではまた。 See you again!